レオ妻のつぶやき&レオのひとりごと

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zoom RSS あれから、ちょうど一年です。

<<   作成日時 : 2015/08/19 14:00   >>

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8月19日、昨年の今日、父が亡くなりました。
ちょうど、今日が翔月命日です。

一周忌法要が無事にすみ、少しほっとして、気持ちも落ち着いてきたところです。
少し、父のことをブログに残しておこうかと思いました・・・
どうぞ、スルーしてください・・・


父の胃がんがわかったのは、2013年の11月。
まさか・・・と思いました。食事などにはとても気をつかっていましたし、2005年に高血圧症と診断されてからは
一切お酒を飲まなくなっていました。体調もよく元気でした。
定期的に血液検査をしており、いつもサラサラで、血圧以外は悪いところはない、と言われていました。

胃がんと診断されて、先生は「手術で胃の3分の2を切除しましょう」と言われました。
が、父は「手術はしません。延命治療はしません。」と言いました。
昔から、何か病気になっても、手術や延命治療はしないぞ、と確かに言っていましたが・・・

ステージ2で、ほかの臓器の転移もなく、リンパ節にも転移はなかったので、
手術したら今はまだ生きていたでしょう。
でも、父はそれを望みませんでした・・・
「もう、十分長生きしたので、いい」と・・・

父の頑固さに先生もあきらめたのでしょう・・・最後には「わかりました」と言ってくださいました。
実際、手術して入院して、抗がん剤治療などで苦しむ姿を想像すると・・・
今は、父の思いを通してよかったのではないかと、家族は思っています。

11月に胃がんとわかってからの生活は、それまでと、さほど変わりはありませんでした。
普通に食事をして、散歩にも30分行っていました。
が、少しずつ進んでいたのかもしれません。
胃がんのせいで、かなりの貧血状態で、造血剤を処方されていたのですが、
副作用がつらくて、薬を全く飲みませんでした。

2014年の6月には、前のめりに転倒して、額からかなりの出血をして病院に行ったり、
その後散歩に行かなくなったため、7月には浴槽から立ち上がれなくなりました。
足腰が弱くなってしまっていたと思います。
が、確かに食は細くなってはいましたが、8月に亡くなるなんて想像もしていませんでした。


7月31日、昼食を食べた後、少しだけもどしました。
その日は夕食は食べず、8月1日は、朝昼晩を何も食べず、その日の夜「救急車を呼んでくれ」
と父が言いました。

病院に行くと、点滴をされて色々な検査をしたのですが、その途中から今度は「点滴を外せ」
と騒ぎ出しました・・・自分で救急車を、と言ったのに「入院はしない」と言い張りました。
少し、痴呆も始まっていたように思います・・・検査の結果、入院して輸血を進められました。
もう、そんな状態だったのです。


その日に、家に帰宅したのです。私の夫に車で迎えに来てもらって・・・
玄関のアプローチは、夫がおぶろうとしましたが、父はちゃんと歩いて家にあがりました。
点滴も、途中だったのですが、少し効いたのでしょうね・・・

それから19日間、長かったようなあっという間だったような・・・

24時間、私と妹と母とで父の看病をしました。
ふすま越しに、いつも声が聞こえるようにどちらかが待機していました。
トイレには、二人がかりで車いすに乗せたりして・・・それがかなり大変でした。
私は股関節症だったので、痛みがどんどんひどくなりました。
1時間ごとくらいにトイレに行くのです。出ないのに出るような気がするのでしょうね・・・

「お水」も何度も飲みたがりました。吸い飲みで少しずつお水を飲ませました。

19日間、父はお水しか飲みませんでした。
おかゆやリンゴなどを進めましたが、何もいらないと・・・
8月5日には、病院で紹介してもらった診療所に訪問診療をしていただきました。
そのとき、シェイクのような栄養ドリンク剤と薬を処方してもらい、父も飲むと言ったのですが、
結局はそれも、一切口にしませんでした。

父は最後の2日前くらいまで、頭ははっきりしていて、「お水」「トイレ」を繰り返して
私たちを呼びました。

私も妹も泊まり込みで、数時間寝ては起こされたり、合間には家事をこなし・・・
母は途中で、頭が痛くなり寝込んでしまいました。母は7月に圧迫骨折をしていて無理はできませんでした。

しびん、紙おむつなど色々と用意はしていたのですが、最後の2日前くらいまでは使いませんでした。
使えばよかったのかもしれませんが、誰も使おうとしませんでした、父の気持ちを察して・・・かな・・・

その代わり、防水シーツをしいて、そのたびに私と妹で着替えさせて、拭いて、シーツを替えて
を繰り返していました。
そして、ベッドで体を起こすのが無理になった父に、最後だけ紙おむつを使いました。

亡くなる2日前、訪問診療していだたいたとき、まだ「脈もしっかりしているね」
と言われたのですが・・・
最後の2日間、「お水」「トイレ」を言わなくなり、ずっと眠っていました。
そして、静かに亡くなりました・・・



頑固で、絶対に弱いところを見せない・・
19日間、痛いとか苦しいとかつらいとかは一言も言いませんでした。
父らしいというか、最後まで、父は父でした・・・

母が、あの19日間ほどお父さんに「ありがとう、ありがとう」と言われたことはなかった、といいます。
お水をあげるたびに、「ありがとう」「ありがとう」と・・・

家族みんなに見守られて、父は旅立ちました。
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